エコシステム:ハイテク輸出大国イスラエルを生み出したからくり その4 政府
「エコシステム:ハイテク輸出大国イスラエルを生み出したからくり」と題して「軍隊」「教育・研究機関」「民間企業」とそれぞれの役割を紹介してきましたが、今回はこうしたセクターをまとめあげ、イニシアチブを取る「イスラエル政府」の果たす役割やその特徴について取り上げます。今回、案内役を務めますのはSOMPO CYBER SECURITYでグローバルプロダクトオフィサーを務める私、Assaf Marco(アサフ・マルコ)です。20年ほどイスラエル国防軍に在籍し、その後、在京イスラエル大使館の経済部で上席商務官としてイスラエルのサイバーセキュリティ産業を始めとするセキュリティ産業全般の日本におけるプロモーション活動に従事したのち、2018年からSOMPO CYBER SECURITYに勤務しています。
こうした経歴から今回、このコラムを執筆することとなりました。
さあ、ではイスラエル政府がこのエコシステムで果たしてきた役割を見ていきましょう。
エコシステム戦略の誕生とそのプロセス
イスラエル政府は2012年、Israel National Cyber Bureau(イスラエル国家サイバー局)と呼ばれる機関を首相官邸内に設けます。イスラエルという国をサイバーセキュリティ先進主要国の一つにすべく、独自のエコシステムの開発に着手したのです。この機関は、その後、他の機関と統合され、Israel National Cyber Directorate(イスラエル国家サイバー総局)と呼ばれるようになります。現在INCDとして知られる組織の誕生です。
ステップ①INCDの設立
2017年「Israel National Cyber Directorate」(通称INCD)と呼ばれる政府機関が設立されます。この機関の役割は主に、国家防衛を除き、政府が関わる全てのサイバーセキュリティ事業や活動の一本化です。それまで、各団体による活動が個別に行われてきましたが、2017年のINCDの設立以降、全ての活動はINCDに集約され、監督されることとなります。
INCDの最初の使命は、サイバー攻撃から自らを守ることができる社会づくりと同時に、万が一、攻撃にあってしまっても回復力のある社会を構築するためのレジリエンスを強化することでした。そのミッションがある程度、形になってくると、INCDはその成功にさらに磨きをかけ、サイバーセキュリティ産業を国家の経済成長戦力の柱の一つとすべく、更なるミッションを掲げ、次々と政策を打ち出し、実行していきます。
ステップ②人材育成
エコシステム全体をより強固で持続可能なものにするためには才能ある人材を集める必要があります。同計画には、サイバーセキュリティ分野における人的資源の増強、つまりは人材確保・人材教育、教育コンテンツの充実と推進に対する資金援助、また開発支援や完成品の輸出支援も組み込まれています。シード段階にあるスタートアップに資金援助を積極的に行う「教育・研究機関のインセンティブ化」に重点を置いたのです。
教育・研究機関との関係で言うとINCDはイスラエルの大学TOP5(ベングリオン大学、テルアビブ大学、ヘブライ大学、バリラン大学、テクニオン)のリサーチセンターの設立に際し、資金援助もしています。リサーチセンターの目的は、サイバーセキュリティに関する知識面で、基礎となるインフラを構築することにありました。バリラン大学のリサーチセンターではサイバーセキュリティの中でも暗号化に焦点を当て、専門的知識をもった優秀な人材を多く輩出しています。こうした専門分野で特色を打ち出しているリサーチセンターもあれば、ベングリオン大学のようにドイツテレコムやIBMなどの大手多国籍企業と共同研究を行うことで、特色を打ち出しているリサーチセンターもあります。ドイツテレコムはベングリオン大学にあるリサーチセンターでサイバーセキュリティ分野に限らず、AIやBig Dataなどで、共同研究を行い、世界中の優秀な人材の確保を行っています。
とは言うものの、サイバーセキュリティ人材の育成は大学から始まるわけではありません。
同僚であるMaor・Schwartzが『エコシステム:ハイテク輸出大国イスラエルを生み出したからくり その2 教育・研究機関』でも説明していますが、サイバーセキュリティ人材の育成は早くは中学校から始まり、高校の選択科目にも「サイバーセキュリティ」が存在するのがイスラエルです。政府は「Gvahim(グヴァヒーム)」と呼ばれる文部省とINCDが共同で後押しをしている高校生向けのプログラムを作りました。
このプログラムではサイバーセキュリティに関する教育を受けることができ、これにより、数多くのより優秀な生徒を大学の研究室や軍隊のインテリジェンス部隊に送り込むことが可能になり、人材開発の重要な一部を担っています。つまりは、知識面でのインフラ整備の一環として設立された大学のリサーチセンターの、更にまたその下のインフラとしての役割が期待されているプログラムです。
もう一つ「Magshimim(マグシミム)」と呼ばれる同じく政府主導の別のプログラムも存在します。
前出のグヴァヒームプログラムに似ていますが、都市部から離れた地域のカリキュラムに技術系のコースがない高校のためのプログラムになります。才能ある生徒が地理的な不利益を被り、埋もれてしまわないようにするために作られました。こうした活動を国が率先して実行し、エコシステムの最重要要素である人材の教育に力を入れています。
さらには、もう一人の同僚がイスラエル箸休め企画 第一弾『もしかしたらこの国、好きかも?』と題したコラムの中でもダイバーシティを絵に描いたような国としてイスラエルを紹介していますが、その特殊な歴史的背景からイスラエルにはさまざまな人種が集まってきます。若い才能を最大限生かすだけでなく、世界中に散らばったユダヤ系の人たちもイスラエルにとっては重要な人材の宝庫であり、政府はここにも注目しています。
質、量ともに豊かな人材を確保するため、イスラエル政府はこうした世界中に散らばっているユダヤ系の人材の確保にも乗り出しており、MASA Israel Journeyと呼ばれるプログラムを立ち上げています。このプログラムの中にCyber MASAと呼ばれるプログラムがあり、世界中のコンピュータサイエンスを学んでいる学生に、イスラエルに来てもらうような働きかけを行っています。
しかし、こうした人材確保の機会創出だけでは、イスラエル政府がやろうとしていることは達成されません。もう一つの課題「教員数・指導者数を増やすこと」も解決されなければなりません。この課題に対し、政府は現在、民間の専門家を積極的に活用することで、机上の空論ではない現実社会に即した観点からの教育を目指しています。
ステップ③開発支援、およびステップ④輸出支援
産業支援のために、INCDは、イスラエル経済産業省と共同でKIDMAと呼ばれるプログラムを立ち上げています。このプログラムは、研究開発を行うスタートアップの援助や既存の技術の改善につながる援助のための補助金のためのファンドにあたります。また、イスラエル政府は、イスラエルの輸出機関や、イスラエルの経済産業省から各国に派遣されている経済公使と呼ばれる外交官とともに、イスラエル産業のプロモーション活動も行っています。
こうしたさまざまなミッションを背負っているINCDですが、彼らが手掛けた最もよく知られているプロジェクトは、イスラエルの南部に位置するベルシェバという街にあるAdvanced Technologies Park と呼ばれる巨大施設かと思います。本エコシステムブログの初回でも説明されていますが、すべてのサイバーセキュリティ産業のハブとなる巨大施設の構築です。その敷地内には軍の施設、スタートアップや多国籍の民間企業が入る施設、更には大学の施設もあり、ここにオフィスを開設する企業は、社員の給与の20%を7年間補助してもらえるシステムもあります。
エコシステムにおける政府の役割 まとめ
ここまで読んで、皆さんはどう思われましたか?
正直、私はこのコラムを書きながら、この取り組みに関する政府の実績を自国ながら感心してしまいました。INCDという機関が誕生したのは、たったの4年前、2017年の話なのです。前のめりとも言えるこの政府主導のミッションのお陰でイスラエルのサイバーセキュリティ産業は成長を続けています。
私自身、このコラムを書くことによって、今のイスラエルにおけるサイバーセキュリティ産業の成長は政府が明確な目的と使命の元築き上げたインフラの上に成り立っているという事実を改めて実感することができました。逆に考えると、成し遂げようとする使命感があれば、短期間でのこうした戦略の実現や経済成長は国として不可能ではないということが言えるかと思います。
プロローグを含めると5回に渡ってお届けしてきた「エコシステム:ハイテク輸出大国イスラエルを生み出したからくり」ですが、次回は総集編のようなものをお届けする予定でいますので、お楽しみに!
過去の記事
◆『エコシステム:ハイテク輸出大国イスラエルを生み出したからくり プロローグ』
◆『エコシステム:ハイテク輸出大国イスラエルを生み出したからくり その1 軍隊』