エコシステム:ハイテク輸出大国イスラエルを生み出したからくり その1 軍隊

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SOMPO CYBER SECURITY

B!

Maor Schwartz@SOMPO CYBER SECURITY | 2020年10月30日

8月31日に掲載された『エコシステム:ハイテク輸出大国イスラエルを生み出したからくり プロローグ』ではイスラエルのエコシステムが産業界・政府・軍隊・大学などの研究機関の連携によって成り立っていることを説明しました。今回はエコシステムの一環を担う「軍隊の役割」について少し掘り下げてみたいと思います。

旅先などで見知らぬイスラエル人同士が出会うと「ほぼ必ず」と言っていいほど、次の会話が交わされます。

Aさん:どこの部隊?

Bさん:〇〇部隊

Aさん:何年?

Bさん:2005年

Aさん:あー、なら誰々知ってる?

Bさん:もちろん!

(固い握手)

よく見る光景であり、私自身も幾度となく経験しているシナリオです。

どうしてこの会話が交わされるのか、この会話から何が生まれるのか、見て行きましょう。

案内役を務めますのは前回同様SOMPO CYBER SECURITYでシニアリサーチャーを務める私、Maor Schwartz(マオール・シュワルツ)です。今回は同僚でプロダクト戦略部の部長を務め、過去には在日イスラエル大使館経済部に在籍していたAssaf Marco(アサフ・マルコ)当社がサプライチェーンリスク評価サービスで技術提携をしているイスラエル企業Panorays Ltd.の共同創業者であり、CTOを務めるDemi Ben-Ari氏(デミ・ベンアリ氏)の2名にもインタビューをし、彼らの実体験や見解も交えて解説していきます。

日本の皆さんは「軍隊」「入隊」と聞いてどのようなイメージを浮かべますか?

私の日本人の同僚は「不自由なイメージ」「戦艦に乗り込む家族に国旗を振って安全を祈るイメージ」と言っていますが、かなり偏ったイメージしかないようですね。日本で生活をしていると基地のそばに住んでいない限り、軍隊の存在を身近に感じる機会はほとんどないのではないでしょうか。

イスラエルには徴兵制度があり、男子には18歳から3年弱、女子には2年の兵役が課されています。また、通常の兵役を終えた後も「リザーブ」と呼ばれる年に30日(40歳まで もちろん国家の有事にも)ほどの招集があり、街中はもちろん家庭でも軍服姿の兵士を見かけることは普通ですので、非常に身近な存在です。

では、軍隊とはどういうものなのか、エコシステムへの貢献などを見て行きましょう。

入隊までの流れ

18歳と言えば高校を卒業した年です。

年に3回の入隊日が設けられており、誕生日によって振り分けられ、自宅に予め入隊日の知らせが届きます。入隊日より前の手続きももちろんあります。

入隊日の通知を受け取る以前に、前年に受けた試験結果に基づいた入隊可能な部隊のリストが届き、所属を希望する部隊を選ぶことができます。ただし、これはあくまでも希望であり、実際の配属は入隊のその日まで明かされません。任命された所属がどうしても不服な場合、特別な事情により受け入れられない場合のみ、変更の申し立ても許されています。

私の場合、高校生の頃は(同時に大学にも通っていた時期)エリート戦闘部隊に所属になると信じて疑わず、複数の友人たちとトレーニングを施すワークショップにまで参加したものです。ところが実際のところ、入隊前に大学の学士を取得していたこともあり、戦闘部隊以外の複数の部隊から面接に呼ばれ、最終的には空軍のインテリジェンス部隊への入隊となりました。

入隊当日は緊張の1日となるわけですが、ユニフォームを受け取り、入隊を管理している士官と対面し、所属部隊、研修場所などについての連絡を受けます。私の場合、その後すぐに3週間の「Boot Camp」(新兵の訓練施設)へと送られました。

サイバーセキュリティをはじめとするハイテク産業で重宝されている8200部隊出身者たち、では8200部隊とは?

8200部隊は米国のNSA(国家安全保障局)や英国のGCHQ(政府通信本部)に匹敵するイスラエル政府の諜報活動にあたる部隊です。8200に限らず、技術系の部隊に配属されるにはそれなりのかなり厳しい条件があります。8200部隊に関して言えば特殊な試験と面接を受け、高校時代の教師からの推薦も必要です。高校でいかに良い成績を収めていたかというのも重要な条件になります。

通常、高校に通う間に、一度、選抜に向けた4段階の試験を受けるために軍の施設に呼ばれます。

  • 身元調査(自身のこと、家族、友達、教育などについての質問を対面で受けます)
  • 面接
  • 心理テスト
  • 診断

この4段階で適切な人材であると判断されると後日再び面接と試験に呼ばれます。

8200部隊の中にも複数の課があり、各課で言語能力、プログラミングスキル、コンピューター関連の犯罪歴、推薦状、学歴など、必須要件も異なるため、適切と思われる課から追加面接に呼ばれるシステムになっています。

「リザーブ兵」を除き、徴兵された若者のうち、こうした厳しい条件を満たした僅か数%の人間のみが8200部隊に所属できる仕組みは、8200部隊出身者がハイテク企業で重宝される理由の一つでもあります。既に軍隊によって信用され、能力を認められた人間なわけですから、企業の人事が改めて査定する必要がないのです。8200部隊に限らず、軍隊で築いた絆は強固なもので、お互いの能力や長所や短所、人となりもよく知っています。仲間同士で起業する人も少なくありません。

軍隊がエコシステムの一環に組み込まれているのも自然な流れと言えるかもしれません。

軍隊での経験とその後の人生

軍隊での経験を通して学んだことで、自分の人生において役立っていることとは何か、振返ってみました。

私は空軍から後に8200部隊に異動になるのですが、サイバーセキュリティにおけるオフェンスとディフェンスの両面を実践で学ぶことができ、退役後の自分のキャリア形成に非常に役立っていると感じています。

軍隊での経験なしに今の自分を語ることはできないでしょう。

イスラエル軍に20年以上勤務し、数百名の中隊の指揮官を務めた経験もある同僚のAssaf Marcoにも聞いてみました。

「日本では大学生にあたる年齢でリーダーシップ、マネジメント、責任ということを学びました。それを国家の安全・防衛という実践を交えて学べたことが何よりの収穫だったと思います」

なるほど。確かに20歳前後の若者に課すにはいささか重大な任務過ぎるという感覚もわからなくはないですが、ベテランの指導のもと、自分たちで考え、行動をするということを実践で学べる機会を与えられたということは人生において非常に有益であったと言えると思います。同年代の仲間と難しい任務をやり遂げたときの達成感、仲間とのその後の絆は今での自分の宝物です。「実践」と書いていますが、所属部隊や任務によっては仲間を失うこともあります。極めて困難な過酷な状況での実践もあり得るということが想像できるのではないでしょうか。

Ofek(オフェック)と呼ばれるイスラエル空軍のソフトウェアやインテリジェンスを司る部隊に務めた経歴を持つPanorays社のDemi Ben-Ari氏にも聞いてみました。

「Ofekは空軍のあらゆるソフトウェアやインテリジェンスを統括しており、私はミサイル防衛システムの開発を担っていました。こうした任務では多くの人命に関わる可能性のある新しい技術に素早く自らを適応させる必要があります。20歳前後にして、不確かな環境下、プレッシャーに圧し潰されそうになりながらも、重大な責務を負い、その責務を全うすることの意味を理解するに至ります。そして自分が全うした任務が多くの命を救い、人生を変えるものであるという達成感もありました。軍隊は”The best school possible”(最高の学びの場)であったと思います。」

Panorays Ltd.の共同創業者であり、CTO(最高技術責任者)を務めるDemi Ben-Ari氏(デミ・ベンアリ氏)

軍隊とは現場で実践的にリーダーシップや責任の重要性を学べる場所、守るべきものを守り、生き残るための術を学ぶ場所ということなのだと思います。また、新しい技術を試せる場所でもあります。ベータ版を作り、アイデアを育て、磨き、社会に出たときにそれを応用して、社会の課題を解決し、売れるものにしていくのです。

軍隊での経験なしに今の私がないのと同様、軍隊になしには今のイスラエルは存在しえないと言えます。

それは国としての存続という意味だけではなく、軍隊で得た人間関係も含めた全てが、その後の人生やイスラエルの文化、国民性、商流に影響を与えているからです。

「私はPanoraysのCTOですが、CEOを務めるMatan Or-ElとCOOを務めるMeir AntarはOfek時代からの仲間です。Panorays社員の20%はOfek出身者です。」とDemiは言います。

苦楽を共にした信頼できる仲間との起業 - イスラエルのエコシステムを担う軍隊の重要性を理解すると、冒頭に紹介した会話がなぜ交わされるのか、少しおわかりいただけたのではないでしょうか?

イスラエルの人口は大阪府とほぼ同じ900万人弱、面積は四国ほどです。

この軍隊を通して築かれるネットワークなしにイスラエルを語ることはできないのです。

次回はエコシステムの大学や研究機関の話を紹介する予定です。

お楽しみに!

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